岡山地方裁判所 昭和42年(わ)837号 判決 1968年5月06日
被告人 宮住光雄
主文
被告人を懲役二年に処する。
未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。
本件公訴事実中強姦の点につき被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一、昭和四二年九月九日ころ、倉敷市児島味野上二丁目六番四五号中塚モータース有限会社において、月賦代金支払の意思およびその能力がないのにこれあるように装い、同会社専務取締役中塚幸男に対し「七カ月月賦で支払うからオートバイを売つて貰いたい」などと虚構の事実を申し向け、同人をして月賦で支払つて呉れるものと誤信させ、よつて同月一八日同社従業員大西誠二を通じて同市児島味野六丁目二番五五号博文被服有限会社事務所において自動二輪車ホンダベンリー一二五c.c.一台(時価七五、〇〇〇円相当)の交付を受けてこれを騙取し、
第二、同市児島味野六丁目二番五〇号大谷食堂こと大谷米方に度々食事等のため出入りするうち、昭和四二年一〇月ころから同女の長女大谷A子(昭和二七年七月二〇日生)と知り合い、やがて度々肉体関係をするに至つたが、同女が婚姻適令にも達していない中学三年生であり、被告人と結婚する意思も有しておらず、又被告人の資産身分から親の同意も得られる見込みがなく、かつ被告人自身同人と正常な結婚生活を送つて行ける経済力や住家など将来の見透しもないのに、同女と肉体関係を結んだところから別れ難くなり、ここに同女との肉体関係を維持しようという猥褻の目的をもつて、同女を誘拐しようと決意し昭和四二年一二月一〇日午後三時ころ同所一丁目一四番二八号東映映画館内において、同女の知慮浅薄に乗じ「あんたは妊娠している腹が大きくなつて学校に行くよりは妊娠しとるのを人に知られんように学校をやめて九州に行こうや、どつちがええんなら九州に行つたらよいようにしてやるから」などと虚偽の事実を申しむけて同女を誘惑し、同月一二日午前八時ころ、同女をして家出させ同女を九州方面行きの列車に乗せてもつて自己の実力支配の下において誘拐し、翌一三日午前一〇時すぎごろまでの間、同女を福岡県田川郡添田町大字庄一、八二一番地宮住敏雄方に同女を止めおいた
ものである。
(証拠の標目)<省略>
(一) なお、判示第二の事実につき、結婚の目的の訴因に対し猥褻の目的と認定したのは、刑法二二五条の「結婚」とは法律婚のみならず事実婚を含むと解されるにしても、通常の夫婦生活の実質をそなえ単に届出を欠く場合を指称するものと解するを相当とするところ、前掲証拠によれば被告人の意思は肉体関係の継続という一時的享楽にあつたと認められるからこれは同条の猥褻なる概念に包摂されると解され、かつ、この変更は被告人に実質的に不利益を被らしめないので、訴因変更の手続きを要せず判示のとおり認定した。
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は刑法二四六条一項に、判示第二の所為は同法二二五条に該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書を適用してこれを被告人に負担させない。
(無罪の理由)
本件公訴事実第二の一の要旨は
被告人は予て倉敷市児島味野六丁目二番五〇号飲食店業大谷米方に食事等のために出入りするうちに同人の長女A子(昭和二七年七月二〇日生)に好意を抱き、同女に対し年令を偽わり、財産があるような言辞を弄して同女の歓心を求めていたものであるが、昭和四二年一二月五日午前零時過ぎ頃、前記大谷米方に泊めてもらつたことを奇貨とし、被告人を信頼し、性関係に全く無知であるA子を欺罔して同女を強いて姦淫しようと企て、奥四畳半の間で就寝中の同女の上に乗りかかつて抱きつく等し「これであんたは妊娠した。病院に行かなくてもおろす方法を教えてやる」と申し向け、その旨同女を誤信させて困惑させ、奥六畳間に連れ込み、さらに同女に対し、「処女膜を破つて痛くなくなつたら子供ができないことになるから僕が処女膜を破つてやる」と虚偽の事実を申し向け、性的に無知な同女が被告人において真実胎児を堕ろすに必要な行為をしているものと誤信し、よつて抗拒不能に陥つているのに乗じ、同女を強いて姦淫したものである。
というにある。(以下本件という)
よつて判断するに、
被告人が大谷A子に対し莫大な財産を有しているとか、年令は二一才であるとか偽言を述べ同女の歓心をかつていたことや、同女に対し本件公訴事実記載のような言辞をのべ、本件公訴事実記載の日時場所において同女を姦淫した事実は被告人の当公判廷における供述、被告人の各自供調書、大谷A子の供述調書、同人の証人尋問調書から明らかである。
そこで以下、同女が「抗拒不能」な状態にあつたか否かを中心に検討する。
刑法一七八条の「抗拒不能」には抵抗が不可能もしくは著しく困難なことが身体をしばられている場合の如く物理的な場合のみならず、医師が自己を信頼し切つている性知識の全くない患者に病気の治療行為と誤信させて姦淫する場合のように心理的な場合も含まれると解すべきではあるが、さりとて虚言、詐術によつて婦女を欺罔し錯誤に陥し入れ姦淫を忍受させた場合つねに抗拒不能に乗じ又は抗拒不能ならしめて姦淫したということはできない。欺罔による姦淫が抗拒不能に乗じての姦淫として準強姦罪が成立するのは欺罔の内容、手段、方法が行為者被害者の年令、身分、行為の日時場所との関係において婦女をして高度に困惑、驚愕、狼狽の念を起させ、自由なる意思のもとに行動する精神的余裕を喪失させ、行為者の姦淫行為を拒否することが不能又は著しく困難であると客観的に認められる場合であつて、行為者が婦女において右状態に陥つていることを知りながら敢えて姦淫した場合に限定せられると解するのが相当である。
従つてその状態の判定にあたつては、「抗拒不能」に至つたとされる原因行為者及び被害者の認識、行為時の状況、行為後の状況を慎重に検討し婦女の心理状態の程度内容を客観的に考察するとともに、その状態は通常その年令層の婦女であるならば心理的に「抗拒不能」になるという一般性を有しなければならない。
本件において検察官は被告人の前記言動により、大谷A子が性的に全く無知であつたことから同女が「抗拒不能」な状態に陥つた旨主張するのであるが、
被告人が同女に抱きついて陰部に陰茎を押しつけた事実は認められるものの、同女はその際ズロース、シミーズの上にパジヤマを着用していたのであり、同女は当初その行為では妊娠しないと思い「ほんまか」と被告人にたずね、被告人から「絶対だ」という言葉を聞いて「そうかなあ」と思つた(記録一五四丁)と供述し、被告人が「病院に行かんでもおろす方法をおしえてやるから来い」と言つた(記録七一丁、一二二丁)ので、同女は被告人の部屋に行つて、同所で姦淫された旨供述する。
右の供述からは単に右被告人の言葉だけで同女が抗拒不能な状態に陥つたとするには疑問がある。もつとも同女は「私は学校で聞いたこともありませんし父母からも聞いたこともないのでどのようにしたら妊娠するのか判りませんでしたからその時本当に妊娠したのかと思いました」(記録七〇丁)「宮住さんがいうとおりにすれば子供ができないで済むと思つたので宮住さんの言うとおりにしました」(記録七一丁)「私はこのようなことをした経験がありませんし、今迄話を聞いたこともありませんのでこれが何を意味するのかよく判りませんでした」(記録七二丁)とも供述し、検察官はこの点から同女が性的に全く無知であつたと主張する。
(二) ところで、同女は倉敷市児島味野付近の被服工場の工員を対象とする前記飲食店の手伝いを時たましていたのであり(記録五七丁)、学校の成績も上位の方で(記録七七丁、一六一丁)男女共学の中学校で一応生理衛生や生殖の教育を受けており(記録七八丁、一五〇丁)、初汐も小学校六年生の頃にあり(記録一六一丁)、具体的には性交について知らなかつたがなんとなく男と女が関係することを知つていた(記録六一丁)のであつて、本件当時同女の年令は婚姻適令に近い一五才五ケ月であつて、この年令になれば一応女性の本能として意思に反した姦淫あるいはそれに近接する行為を拒絶するという貞操観念を有するものと認められること、本件の行われた場所は隣室に家族が就寝中で、同女が一声叫べば直ちに救助を求められるところであり(記録一〇六丁)、被告人から抱きつかれ、妊娠したと言われたとき「そうかなあ」という一抹の不安と疑念はもつたものの他の行動を考える精神的余裕を喪失するほどひどく同女が驚愕狼狽したという事実も認められないことなどの事情を考慮すれば、同女の前記性については何も知らない旨の供述はにわかに措信しがたい。そうとすると、被告人の前記欺罔行為の稚劣さもさることながら同人の欺罔により同女が強く意思決定に制約を受けたとも認められず、同女の本件における態度からみて被告人の姦淫を拒否するのがある程度困難であつたことは認められないでもないが拒否することが「不能」もしくは著しく困難であつたと認めるにはあまりにも外形的な情況が欠けており、とうてい「抗拒不能」の状態にあつたということはできない。
そのほか本件行為前、被告人は同女をドライブに誘い、同女に結婚しようと言つていたこと、本件後も同女は被告人の誘いに応じ野外において二、三日置きに三回肉体関係を結んでいたこと、判示第二の認定のとおり欺されたとは言え共に九州に行き、旅館で再び肉体関係を結んでいること、九州で警察に保護され、母親に連れ戻された後、被告人から電話で呼び出しを受けこれに応じて行こうとしていることなどの事情ならびに「私は宮住さんが金持ちの家の人だし親切にしてくれるので好きな人だと思いましたが結婚するとの決心はつかなかつた旨供述(記録五九丁)する同女の気持を併せ考えると、同女が本件姦淫を拒絶しなかつたのは寧ろ、被告人に対する好感情を有していたためという節もうかがえる。
いずれにしても、被告人が同女に偽計を用いた事実は認められるものの、同女が「抗拒不能」な状態にあつたとは認められないから、被告人の本件所為を目して婦女の抗拒不能に乗じた姦淫ということはできない。
よつて本件は犯罪の証明がないから刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡をする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 西尾政義 岡次郎 佐々木一彦)